アドラー思想を生きる 幸福の探求

1:僕が幸福になれた理由

 僕が幸福になれたのは、ひとえにアドラー思想と出会えたからなのであるが、よく考えてみると、『嫌われる勇気』を読んで、本格的にアドラー思想に出会う前から、僕の中にはアドラー思想のいわば「断片」がバラバラと落ちていたことに気づきます。

 知られているように、アドラーの思想は、いろいろな人たちに影響を与えており、ビジネス書や自己啓発書を好んで読んできた僕は、そういう人たち(たとえばカーネギーやコヴィー)から間接的に「アドラー思想の断片」を学んできていたのです。

 ですから、僕の中にはもともと、不完全な形ではあったものの、アドラー思想の芽があったのです。
 そういった「アドラー思想の断片」が『嫌われる勇気』を読んだことで、完璧に整理され一気に結実した。つまり、僕の精神状態が劇的に変わった。そんな「化学変化」が起きたのではないか、と思っています。

 アドラー思想を学び、長年、僕の心の中で続いていた、すべての戦いが終わり、僕の心に平和が訪れました。
 僕はくつろぎながら、穏やかに微笑みながら、かつ、集中すべきところにエネルギーを集中し、建設的に生きることができるようになりました。

『嫌われる勇気』の終章で、青年が「もっと早くアドラー心理学に出会いたかった」と悔しがる場面があります。最初、自分も同じ感覚を持ちました。
 しかし、様々な人生経験、読書経験を重ねた僕が、54歳6ヶ月で『嫌われる勇気』を読んだのは、ベストタイミングだったのであり、54歳6ヶ月で『嫌われる勇気』に出会ったからこそ、今の自分があるのだろうと思っています。